西武線 廃線、廃駅めぐり~ 上り屋敷駅

今回は戦中まで池袋-椎名町間にあった上り屋敷駅跡を探訪します。

1947年航空写真
画像

歴史
1915年(大正4年)4月15日 池袋 - 飯能間開業

1922年(大正11年)11月1日 池袋 - 所沢間電化

1928年(昭和3年)8月11日 池袋 - 練馬間複線化

1929年(昭和4年)5月25日 開業

1945年(昭和20年)2月3日  戦況悪化休止

1953年(昭和28年)1月15日 廃止


駅舎跡
以前は資材置き場となっていましたが今はコンビに変わっています。
画像


上りホーム跡
画像


下りホーム跡
画像



==============================================
参考「上り屋敷」とは・・・

江戸時代、この付近は徳川家の狩場で八代将軍吉宗公の時代、
安藤対馬守の下屋敷であったところから10万平方メートル切り離して
お上(将軍)に差し出して休息所を造った。
これを「お上り屋敷」と呼んだことから、この地名が残ったといわれる説がある。

また、その敷地に11代将軍家斎の頃、「感応寺」という豪華な寺院が建立された。
本堂をはじめ五重塔、経堂、鐘楼、庫裡僧坊、書院、釈迦堂、鎮守堂、宝蔵、惣門、山門、中門など20を超す建築物が林立したという。
だがたった6年で取り潰しになった、幻の寺である。  

近年になって遺跡が発見され
旧感応寺境内遺跡  ⇒豊島区-遺跡一覧遺跡番号14  48R 48L
目白三丁目(6~11・23~28),目白四丁目(1~4・17~19),西池袋二丁目(6)に広がる大きな敷地の寺で有ったことが解った。

その敷地の一部を池袋線が走っていることも判った。



「上り屋敷」と言う地名は歴史を遡っても無いそうで古くから地元の方々が通称として使った名であったようだ。
現在、「区立・上り屋敷公園」と、「上り屋敷町内会」という名は残っている。

区立・上り屋敷公園
画像


道端の物置に「上り屋敷町内会」の名が、
画像







西武鉄道昭和の記憶
楽天ブックス
副都心池袋・新宿と武蔵野・秩父を結ぶ多彩な電車・機 園田正雄 三好好三 彩流社発行年月:2011年1


楽天市場 by 西武鉄道昭和の記憶 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス